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フェイクニュースの作り方、そのからくりの一端

 ある秋のこと、永田町にある「文書」が出回った。「やや日刊 桜を見る会新聞」。そう題された文書には刺激的な文言がおどった。「反社」「刺青」―。文書には、写真投稿アプリ「インスタグラム」から転載したとみられる写真が並ぶ。その1枚には今は亡き安倍晋三氏が政権を担っていた当時「守護神」として長らく官邸に君臨してきた菅義偉官房長官の姿が写っており、政権幹部と「反社」との癒着を〝告発〟するというのが突如出回った怪文書の趣旨だった。
 一体誰が、何のために。そういう疑問はしかし、この文書を目にした永田町の住人のほとんどが抱かなかっただろう。政界を周遊する有象無象に向けてその文書を出す、その意図があまりにも明白だったからである。案の定、私がある意図を持って作られたその文書を目にしてすぐ、政情を左右する力学がゆっくりと動き始めた。
 「怪文書はすぐに野党による安倍政権の追及材料になりました。当時は『桜を見る会』をめぐる問題が大炎上していたころ。野党や左派系メディアは、この怪文書をもとに、『反社』、いわゆる反社会的勢力に分類される人間をも招待する安倍政権のモラルのあり方を突いたのです」。永田町で長く政界の取材を続けるジャーナリストはこう振り返る。
「反社」というキーワードは巨大な流れとなって殺伐としたジャーナリズムの荒野を呑み込んだ。そんな中、ある情報が寄せられた。文書に接してから間もなくのことである。

 「お前のところにも回ってきたやろう? あの怪文書」。電話口の男は乾いた口調でこう切り出した。関西の組織に所属するその男とは数年目に取材を通じて知り合った。しばらく疎遠になっていた男からの突然の電話を少し奇異に感じたが、男の口から漏れ出た言葉を耳にして、私は思わず身を乗り出した。
 「ちょっと気になる話を耳にしたもんでね。あれ、どこから出回ったもんか、聞いてるか?」。「内閣情報調査室の仕業では」と曖昧な返答をして男の反応を待った。

 「実は、今回の件、(大阪)府警が関わってるんやないか、という話が出てるんや」内閣府が主催し、毎年春に行われていた「桜を見る会」。桜の名所である新宿御苑での公式行事に、安倍晋三首相や自民党の支援者が多数招待されていたことが明らかになり、「公式行事の私物化だ」と批判が集中した。もうひとつ、これに関連して問題視されたのが安倍首相の推薦枠で、悪質なマルチ商法で捜査当局に摘発された「悪徳経営者」ら招待客としての適格性に疑問符がつく者が複数招待されていた点である。
 そうした「反社会的勢力」、いわゆる「反社」として扱われたひとりが、怪文書に名前が挙がった人物だ。過去に複数の組織との関係が取りざたされるなどして捜査当局にマークされた「いわくつきの人物」だったのは間違いないが、奇妙だったのは、なぜこのタイミングで情報がリークされたのかということだ。男はそこにこそ、「捜査当局のある思惑が隠されていた」というのである。
 「怪文書の中で名指しされた『反社の男』というのは、府警が数年前から動向を追い続けているやつなんや。この男は、昔っから組織とのつながりを指摘されてるんやが、『Gマーク』、いわゆる極道としての認定を受けたことはなかった。警察は、組織の人間であれば、暴対法や暴排条例のくくりで摘発しやすいが、その範疇に入らない人間は手を出しにくい。それもあって、男はパクりたくてもパクれない、府警にとって目の上のたんこぶみたいな存在になっとったんや」。男は捜査当局と渦中の「反社の男」との緊張関係について明かした後、さらに両者の間に横たわる絶ちがたい因縁についてこう付け加えた。
 「府警は単に男を『的』にしとったわけやない。男をどうしてもパクりたかった。というのも、昔、府警が男の身内の事件で恥をかかされたことがあったらしい。府警の幹部には、その〝意趣返しをしたい〟という思いがずっとあったみたいや」。何が何でもパクりたい―。ただ、その執念を果たすためには、組織的な背景のない男を追い詰めるためのネタが必要になる。「尻尾を出さない男を追い詰めるために仕掛けたのがあの怪文書だった」というのだ。
 「反社」という烙印を押すと言うことは、それだけで相手を社会的に抹殺することになる。
その一方で、「反社」は定義付けが非常に曖昧な概念でもある。「Gマーク」のない、組織に身を置いていない人間を「反社」と指弾する場合にはより慎重な対応が必要になるわけだ。
「そこで使ったのが憲法51条で定められた『国会議員の免責特権』だったというわけや。議院で行った発言については院外で責任を問われないという特権。情報の裏付けも取らずにマスコミが報じれば名誉毀損になるようなことも議院内ではいくら発言しても問題にならない。しかも、世間への波及効果は相当あるわけやから、〝既成事実〟を作るにはもってこいの場面ちゅうこっちゃ」
 北朝鮮や中国の情報に関して、アメリカや韓国の情報機関が不確定な情報をマスコミにリークし、あたかも事実であるように報道することで、その情報の真実をとる手法を使うことがある。俗に「観測気球」とも呼ばれるが、日本の場合は、国会をそのツールとして利用する。しかし、過去に、誤情報を基に国会などで答弁を行い、政治生命を絶たれた例もある。国会議員も「何を発言しても良い」というわけではなく、その発言をする覚悟を持つ必要もあるということだ。

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